今年の2~3月、コロナの第6派のまっただ中、私は、川崎市の4校の小学校で、卒業式に向けた歌唱指導に関わらせていただきました。どの学校もたいへん美しい歌声で、一つ一つの歌詞を大切にする素晴らしい合唱が響いていました。久しぶりに卒業生の学年合唱を聴かせていただき、心からの感動を味わうとともに、歌のある卒業式のよさを再確認いたしました。
全国で歌の無い卒業式ばかりの中、なぜ、川崎市の子どもたちは歌うことができたのか、川崎市立宮前小学校の音楽専科の三宅和美先生と丸山衛校長先生にいろいろと質問をしてみました。回答の文章をいただきましたので、皆様に紹介させていただきます。子どもの成長を第一に考えて学びを止めないようにする、コロナ禍を乗り切る上での理想的とも言えるような考え方や実践がちりばめられていると思います。
(熱田)宮前小学校は、令和3年7月に100周年記念式典をホールで行い、その時も高学年の子どもたちが、ステージで美しい歌声を響かせていました。歌うことに対して校内での約束事はどのようになっていたのでしょうか。
(三宅先生)
文部科学省や川崎市のガイドラインに準じて、管理職の先生と相談の上、学習を進めていきました。その際、校内で同じルールで音楽の学習が進められるよう、「感染症対策音楽学習基準」を作成し、教員が共有することはもちろん、授業で児童に説明をしたり、学校便りで保護者や地域の方にお知らせしたりしてきました。作成には熱田先生の歌声表を参考にさせていただきました。ガイドラインが変わるごとに、令和2年度は2回、令和3度は4回見直しをして、その都度周知していました。
(熱田)歌唱指導については具体的にどんな実践をされていましたか。
(三宅先生)
マスク・換気・間隔・一方向・短時間など、ガイドラインになぞった基本的な対策をしながら歌っていました。音量よりも響きある声を目指すこと、上の声は飛沫が飛びにくいことなど説明をして、安心して声を出せるよう心掛けていました。
令和3年度は、感染が落ち着いていた6月や11・12月ごろに式典・ミニコンサートなどの行事があり、基本的な対策をとりつつも、積極的に歌っていました。感染が拡大していた時は一度ブレーキをかけて、熱田先生に教えていただいた事(曲を聴いて歌詞を覚えたり、小さな声で音を確かめたり、音楽の素について考える授業)をしていました。
卒業式前は一日5分程度、短時間集中で、各教室から廊下側に向かって歌いました。(宮前小はオープン教室で廊下側の壁がないので、こういった練習ができました)
卒業式の呼びかけや合唱の実施に際しても、校長先生や教務の先生、担任の先生方と打ち合わせを重ねました。特に並び方についてはガイドラインに準じて2回ほど修正をして、「歌う子ども達も、見ている保護者も安心感のある隊形」をめざしました。
(熱田)リコーダーなどの吹く楽器についてはどんな実践をされていましたか。
(三宅先生)
座席ひとつおきごとに、交代で演奏していました。こちらも、正しい演奏法をしていれば安全に活動できると説明をして、児童の安心感と感染対策の意識を高められるように気をつけていました。感染が拡大していた時はクラスを3つのグループに分けて進めました。
①別の広い部屋で3メートルずつ間隔をあけて吹く
②音源に合わせて運指をする
③音源に合わせて階名唱をする
学年合奏は2クラスずつに分け、体育館で3メートルずつ間隔をあけて実施しました。
(熱田)卒業式までの間に音楽を発表するような機会はありましたか。
(三宅先生)
12月に6年生が1年生に向けてミニコンサートを行いました。(12月に熱田先生にオンラインで「星の世界」の指導を相談したものです。) 感染対策としてクラス単位で、広い場所で行いました。音楽をだれかに届ける場面が少ない中で、卒業式前の良い経験となりました。
(熱田)とても慎重に感染対策をしながら音楽活動を進めていらしたことがよくわかりました。このように音楽の先生が実践できるのは、校長先生のお考えやご指導があるからだと思います。続いて、川崎市立宮前小学校の丸山衛校長先生に質問をさせていただきました。
まず、川崎市は、令和4年1月からの第6派の際、音楽活動に対してどんなガイドラインが示されていたのでしょうか。
(丸山校長先生)
川崎市教育委員会の市立学校における教育活動ガイドライン(令和4年1月27日時点)では、次のように示されています。
5 教育活動に関すること (3)教科等における指導
【指導場面】「歌唱・演奏」
【具体的な配慮事項・対応策】
・感染が急激に拡大している時期においては、活動場面を減らす。活動時間を短く
する等の工夫を行います。
・歌唱の活動は、教員の指導のもと「常時換気をし」「マスクを着用し」「大声を
避け」「向かい合わずに」「できるだけ少人数」になるように配慮します。ただ
し、合唱活動の場合は、上記に加え「短時間で」「間隔を十分にとる」ように留
意します。
・吹奏楽器演奏は「演奏者の人数を制限し」「常時換気をし」、演奏者同士、演奏
者と鑑賞者の「間隔を十分とる」ように留意します。
・鑑賞者は「マスク」を着用します。
・リトミック等の身体接触を伴う活動は、活動の前後に手洗いをするよう指導しま
す。
・活動全般においての飛沫感染防止対策を徹底します。
(熱田)安易にやらないと決めてしまうのでは無く、なんとか工夫して、子どもたちの学びを確保したいという思いが強く感じられます。これを受けて、宮前小学校ではどのような考え方で教育活動を実践されましたか。
(丸山校長先生)
市のガイドラインでは、「学習活動を工夫しながら進める」とされていますので、それを受けて「活動の仕方、活動環境を工夫し、これまで行ってきた学習活動、学校生活を継続する(止めない)こと」を大事にして、教育課程を進めてきました。
音楽以外の教科においても、例えば、文科相の会見で挙げられていた家庭科の調理実習についても、3密回避のために次のような対策をして実施しました。
・クラスの半分の人数ずつ家庭科室で調理実習を行う。残りの半分は教室で他の学習を行う。そこに級外の先生を配置する。
・実習前には手指消毒を行う。マスク着用。
・調理はすべて一人で行う。
・他の児童は2メートル程度離れたところから見学する。
・味見はしない。できあがった料理はタッパーに入れて離れた場所で食べる。
また、以上の感染対策についてお手紙を家庭に配付し理解を求めました。
「すべて一人で調理」は効率がよく、学習効果が高かったようです。
高学年は交換授業で教科担任制を実施していますので、家庭科担当の教員は、同じ実習を8回(4クラス)行いました。
(熱田)学校の先生方が知恵を絞って子どもたちの学びを守っている様子がよくわかります。音楽の活動についてはいかがでしょうか。
(丸山校長先生)
音楽専科教諭からの実践報告にある通り、学校全体で、歌唱、器楽演奏の学習について、共通理解して進めてきました。2年度の臨時休業明け学校再開時と3年度の年度初めには、音楽授業の進め方を家庭にお知らせし、理解を求めて授業を行ってきました。このことについての問い合わせ、苦情等は全くありませんでした。
音楽朝会もTV放送を使いながら、学級で歌う、高学年の歌を聴くなど、活動を工夫して継続しました。特に、9月の手話で繋いだ全校での動画制作は、学級で練習している様子も楽しそうで、この状況だからこそ生まれた音楽活動でした。
コロナの前から、熱田先生が「歌う時にマスクをとる必要はない。マスクをして歌う時には、顔の動きを意識して…」と指導していただいていたことで、子どもたちのなかに「マスクをしているから歌えない」という雰囲気は全く生まれず、抵抗なく歌えたことは、意欲の面でも、歌唱指導の面でもたいへんありがたかったです。
卒業時期に入り、5年生は卒業式の退場音楽の合奏、6年生は卒業記念DVD用の合奏を学年で行いました。リコーダー、鍵盤ハーモニカを使っての合奏でしたので、個人練習を中心に行った後、合奏は体育館のフロア全体を使い、リコーダー、鍵盤ハーモニカパートは、2m以上の間隔をとって並んで演奏しました。間隔の広さにとまどいもありましたが、複数回行うことで慣れてきて、卒業式当日は、すてきな5年生の合奏(録音)が、卒業生の退場を彩りました。
(熱田)歌や合奏のある卒業式、さらに詳しく卒業式の取組について教えてください。
(丸山校長先生)
臨時休業のあった2年度から、卒業式は卒業生(約140名)、教職員、保護者各家庭1名、の参加とし、来賓はPTA会長と教育後援会長の2名のみになりました。また、保護者2名の参加を希望されたご家庭については、1名は、教室で中継を見ていただくことにしました。内容も、来賓の祝辞を省き、トータルで1時間にしました。
「よびかけ・合唱」については、初めから、実施を前提として、どのようにすればできるかを考えました。子どもたちが安心して歌えるように、また保護者の皆さんが納得して聴けるようにするためには、ディスタンスのキープが必要ではないか、ということで行ったのが「体育館の半分をステージにする」ことです。
「よびかけ・合唱」の時になったら、卒業生は、いったん保護者席の後ろに移動し、その間に職員が卒業生の椅子を全部片づけて、何もないフロアにしました。そして、卒業生が舞台の奥から体育館前半分までのスペースに並び直して、よびかけ・合唱を行いました。前後の間隔を、1.5mキープするようにしました。これまでのひな壇に整列する形よりは、かなり広い間隔をとっての合唱ですが、これも複数回練習することで抵抗がなくなってきました。
また、「大きな声を出すのではなく、声を響かせることを意識して。そんなに飛沫が飛んでいる感じはしないでしょ。」という熱田先生の言葉が、子どもたちの背中を押してくださり、意識を変えて、声がさらにバージョンアップされたように感じました。
卒業式に在校生が参加しなくなりましたので、練習の後半になり、仕上げ段階に入ったところで、5年生が体育館で、よびかけ・合唱を聴く機会をつくりました。5年生の学年主任から「卒業を心からお祝いします」という話。6年生の学年主任からは「受け取ってもらうバトンを用意しました」という話をして、子どもたちにこの機会をつくった意味について伝えてから始めました。真剣に歌い、聴く姿がすばらしいよい時間になりました。5年生は、1月から様々な活動を6年生から引継ぎ、最高学年への気持ちを高めてきました。この時間もその心構えをさらに強くし、歌声の目標を意識する大きな機会になりました。
卒業式当日、卒業生はマスク着用を感じさせないしっかりとした歌声で「校歌」「創立100周年記念歌 大空の下で」「未来へと」3曲を歌い上げ卒業していきました。卒業式の合唱については、「この時だからこそ気持ちを声に乗せて歌える(この時でなければできない)」というものですので、子どもたちにとって、ものすごく価値のある学習だと考えています。本番はもちろんですが、本番前に、6年生が5年生を前にして歌ったときのそれぞれの学年の子どもたちの様子を見ていても、この学習の機会を子どもたちから奪うこと、なくしてしまうことはそう簡単にはできないなと考えます。
(熱田)歌の無い卒業式になった地域の先生からは、本当にうらやましいと思えるような様子が伝わってきました。このような実践ができたのはどうしてなのか、校長先生としてまとめていただけますか。
(丸山校長先生)
この状況のなかでも実践ができるのは、次の3つの要素が関わっていると考えています。
Ⅰ 川崎市の方針
やはり川崎市のガイドラインが、「禁止」ではなく「工夫して行う」という方向になっていることが大きいです。「工夫して行う」が基本スタンスなので、例えば、文科相の会見であのような発言があっても、その言葉をもって実施しないとするのではなく、「なにが危険だから、この発言になっているのか」を考えて、「その危険要素を回避する工夫をすればできる」と考えることができています。
Ⅱ 地域の気質・雰囲気
地域・保護者のみなさんが、どちらかというとおおらかな気質・雰囲気で、「(行事などを)危険だからやるべきではない」というよりも「子どもがかわいそうだから、できるならやってあげたい」という声の方が強い傾向があります。卒業式についても、よびかけ・合唱をすることはもちろん、事前にわかっていますが、そのことについての問い合わせはありませんし、そのことによって卒業式を欠席するという児童ももちろんいません。
Ⅲ 職員のやる気
何よりも大きいのは、学年・担当の先生方が、「できる限りやってあげたい」という気持ちで、様々な工夫・対策を考えてくださることです。この2年間の卒業式についても、三宅先生と6年生の先生が、積極的に並び方を考え、練習方法を工夫し、子どもたちにもしっかりと話してくださったので、実施できています。これまで、学年や担当の先生方が「やりたくない」と言っているものを、「やりなさい」という形で行ったことはありません。実は、「職員のやる気」が最も大きな要素ではないかとも思っています。
「市教委の方針」「地域・保護者の傾向」「職員のやる気」この3つの後押しのおかげで、校長としては、「子どもたちの活動をできる限り止めない」ために「どのようにしたら子どもが安心して活動できて、保護者が(感染対策について)納得できるか」を、先生方と一緒に考えて行ってきました。
(熱田)私は、川崎市の小学校にお伺いして、子どもたちが自ら感染を防ごうとする力が育っているように感じました。自分たちの周りの大人が、真剣に考えて、いろいろな工夫をして楽しい活動をなんとか継続してくれていることがわかっているのだと思います。教師と子どもとのしっかりとした信頼関係が育まれていることを強く感じました。
三宅先生、丸山先生、お忙しい中、文章でご回答をおくっていただき、誠にありがとうございました。心から感謝申しあげます。お二人のお話が、全国で苦しんでいる音楽の先生方に大きな勇気を与えてくださることと思います。